文芸 グロリア九十九里浜文芸
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・・・ カラオケ大賞21 の 応援は!!  ・・・  

TVに出演するので〜 応援しようー。
リハーサル〜 歌詞を
1文句ド忘れてしまった!? 
気にすることはない
本番をしっかりやれば
 絵でも写真でも、そこら辺のを撮せば〜。
     意味ありげに見えるものだ。
      TVも四角四面に切り取れば
イメージ世界に早変わりだ
初めてスタジヲに入る〜 
    照明の当たらないところは
  
     さあ始まった〜 皆上手いもんだ!?〜
順繰り 廻って来たぞ 
身なりに 姿かたちも好いね!!
 ふだんどおり〜これなら大丈夫!?
熱唱! 熱演! 
何かヘマをしでかさないか〜 
ハラハラする〜 
あっと云う間におわる!!
さあーどうだ!? 合格だ何とか!! 
よかったよかった、バンザーイ!!
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アメージンググレイス飯岡温泉
驚くばかりの
 恵みなりき
朝日に輝く
 屏風ヶ浦
眼下に広がる
 太平洋
刑部(ぎょうぶ)岬の 
展望館

 遥かに望む
 富士の山
夕日に映えて 
茜(あかね)色
 月夜に光る
 銀の浪
この世のものとは 
思えない
 黒湯湧き出る 飯岡温泉
グロリアグロリア 九十九里浜
グロリア九十九里浜
 

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           0802

・・・ 飯岡しおさいマラソン の 応援  ・・・  

「頑張って来いよ〜!!」夜来からの雨の降る広場に健脚自慢の善男善女が集まっている。
去年は晴天であった。応援の連中も大勢つめかけていたが〜。
吹きっさらしの潮風がときおり、傘をはばたかせてひっくり返す。雨が横殴りして、カメラをかばう。
  ヨーイドンで大勢が走り出す。みんな雨なんか気にしていない〜。
いいおかみなと公園あたりになると、バラケて来て先頭集団も数人だ〜その早いこと。とても自転車では追い付かない。
さあっと駆け抜けて行く〜。若いのから、おじさんもおばさんも〜 まあ元気なこと!!
 頑張ってねえーー!!  もう少しだよーー!!   雨に負けるなあ〜頑張れよーー!!〜 
雨風の中、写真を撮るのもたいへんだ〜。「いたかい?」「いたよ。あっちに折り返して来るよ」
おっちの方へ傘を振り振り走っていく。もう先頭は目の前を過ぎて行った。
「来た?」 「まだみたい」〜あああれじゃあない」〜「頑張れよ〜」「だいぶ草臥れてるみたいだな。完走出来るかなあ」
コース係のおじさん達も、寒そうながらしっかり応援してる。
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           0802
思い出の九十九里浜

出会ったあの夏の日を 忘れられないの
目が合ったその時に 息が止まってしまったの
私の視線に引き寄せられ 貴方はそばに来た
黙って手を取り 肩を抱き寄せた

ああ 九十九里浜
夕日が燃えていた

天にも昇る気持ち 何時死んでもかまわない
幸せすぎて怖い ああ 神様お願い

今貴方と過ごした 海辺のホテルで
窓辺にもたれて あの夏の日を思い出してる
突然現れた 長い髪の少女
昔なじみなのか 微笑みかけてきた

ああ 九十九里浜
今は遠い夢

なくした恋だけど 若き日の物語
何時までも 何時までも 私の胸に蘇る
思い出の九十九里浜
グロリア九十九里浜

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・・・ 光 風子 の エッセイ・詩歌・俳句 〜 ・・・  

カボス
父はアルチュウだった 酒とパチンコにおぼれてた
小学生のときから いろんなアルバイトをした
学用品代も小遣いも みんな自分で稼いでた
毎日どぶろく買いに行かされた
電気代がもったいない 勉強するなと叱られた

母が夜勤の看護婦になり 何とか家計を支えてた
家事は私の務めだった 授業が終わると飛んで帰った
兄は悪い仲間と付き合い 欲しいものは盗ってきた
何度も警察に補導された 
私は家出ばかり考えてた 何時でもどこでも良かった

そんな私をみんな助けてくれた 英語も料理もただだった
私は現実に目をそらし 何時も未来を夢見てた 
庭つきの家に住んで 社長になり 本社ビルを持つ
この夢は今全て満たされた
カボスの人生捨てたものではない 不幸の分だけ幸せが来た

神様は公平だ 努力すれば報われる 
諦めなければ実現する 不幸の分だけ幸せくれる
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・・・ 飯岡 繁蔵 の バラード  ・・・  

----------------------------いいおかみなと の バラード : 3 -----------------------------
 九十九里浜 ビーチライン
初日が昇る いいおかみなと
漁り火瞬く 暗い海
月夜に光る 銀の波
この世のものとは 思えない
ようが石(飯岡石)どこから 流れ着いたのか 
玉崎神社の 境内に
ひっそり積まれ 寂しそう
私の心を 映してる
 
笹川繁蔵 助五郎
塚とお墓に その名を残す
天保水滸の 物語
そんな歴史(むかし)が あったのか 
今に伝える もの(痕跡)はなし
人の営み 儚くて
白亜の宿の 黒湯につかり
わが身の越し方 振り返る
生きる望みも わいてくる

東のドーバー 屏風ヶ浦
刑部(ぎょうぶ)岬の 展望館
灯台照らす 丸い太平洋(うみ)
昔平野が 広がって
村とお城が あったとか
海の藻屑と消えたのか
夕日に映える 富士の山
目を細め はるか眺むれば
心の憂さも 晴れてくる

 

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           0709

・・・ 光 風子 の エッセイ・詩歌・俳句 〜 ・・・  

お酒について
古来お酒は[百薬の長]とも「気違い水」とも言われてきました。
しかし、私は5年前まで[気違い水]と信じこんでまいりました。
それは私の父がアル中で、家庭も、家計も崩壊した中で少女時代を過ごしたからです。
母の教えもあり、お酒を飲む人とは絶対に結婚しないと心に決めておりました。
どんな素敵な人も、「お酒が好き」と聞いただけで拒否反応を起こしておりました。

今考えると大変もったいないことをした、と残念に思います。
ところが5年前に再婚した相手はお酒が好きでした。
私も仕方なく晩酌に付き合ううちにお酒がだんだん好きになりました。

一日の疲れが取れるような気がします。
ほどほどに飲むとお酒は「百薬の長」であることを実感しております。


・・・ 飯岡 繁蔵 の エッセイ  ・・・  

飯岡温泉について
私は生まれて始めてこのコーラ色した暗褐色の温泉水を見てびっくりしました。
調べてみるとこの千葉でも養老温泉など数箇所に見られるそうです。
また聞いたところでは裏日本でも海岸に近いところに散見されるそうです。
飯岡のこの地ではかってこの温泉が自噴していた跡があり、
現在でも5,6メートルも掘れば温泉が出るところがたくさんあります。
中には井戸を掘っていたら温泉が出てしまい、それを栽培したマッシュルームの洗浄用に
利用しているというもったいないケースもあります。
この温泉で洗ったマッシュルームは色つやが良く商品効果も抜群とのことです。
本来このように豊富に温泉が出るところでは大温泉郷が形成されてしかるべきなのですが、
現在温泉利用許可を得て「飯岡温泉」という名称を正式に掲げているところは、
国民宿舎飯岡荘と弊社グロリア九十九里浜の2軒だけです。
他に温泉のある民宿も何軒かありますが、正式に温泉利用許可を取得して営業しているところはありません。
何故ここに大温泉郷が形成されなかったのでしょう。
私はその原因は温度が17度しかない冷泉であったためと推測しております。
温度を暖める必要があり、贅沢に掛け流しを売り物にすることが出来なかったからではないでしょうか。
しかし、逆に言うと冷泉であることから、薬効が損なわれていないということになります。
メタ珪酸ナトリウムを豊富に含んだ炭酸水素塩泉の保温効果、美肌効果は抜群です。
初めてこの温泉に入った人はみなびっくりします。
この素晴らしい温泉が広く知られるようになれば、いずれこの飯岡の地に大温泉郷が
形成されるのではないか、と夢を見ております。
           0612



    ・・秋は釣り〜? ・・   幸先芳朗 の エッセイ

緑の広がる田んぼすくすくと伸びて〜海の夏も過ごして〜 
黄金の稲穂の刈り入れも次々と済んでいって〜お彼岸も過ぎて〜 稔りの秋がきた〜 わけだが。

 ここら辺りは、黄葉紅葉の雑木林が少ないようにみえる。
海岸線の秋の季節は〜 秋の海釣は釣果がよいそうである。そこで、先ずは堤防釣りといきましょう。
「海が荒れてると、魚は堤防の内に集まる」と釣具屋のオジサンが教えてくれた。
何十年ぶりの挑戦に、昼過ぎの堤防釣にしては、けっこう一杯になって〜 
さっそく空揚げにして酒のつまみになった。   0610.



光 風子 の 俳句(銀の波)
九十九里に来て、月夜に光り、一直線に流れ、砕ける銀の波を始めてみました。
それは、海鳴りの伴奏を得てこの世のものとも思われない鬼気迫る感動を受けました。
そこで恥ずかしながら俳句をひねってみました。季語がないと叱られそうですね。


海鳴りと 月夜に走る 銀の波

銀の波 海鳴りの音が 後を追う

銀の波 涼気と霊気で 鬼気迫る

  銀の波 寒気を催す 光と音

一直線 光流れる 銀の波


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・・・エッセイ・詩歌・俳句等〜 皆様のご投稿を歓迎致します・・・  
  ・・・・・グロリア九十九里浜 文芸 ・・・・・
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    ・・飯岡の風景は〜 ・・   幸先芳朗 の エッセイ

九十九里浜から屏風ヶ浦への、移り際の高台を刑部岬といい、海岸辺りを飯岡というようである。
刑部岬からの眺望は素晴らしく、地球が丸く見える海原の太平洋の波浪が迫っている〜
波打ち際の浜砂は弧を描いて海岸線を長くたどっていける〜。

陸側には青葉の高台らしきが連なって、風力発電機がゆっくり回っている。
長閑な緑の田畑が広がり、おだやかな家並が開けている〜
飯岡海岸の高台の際に漁港があって〜開港には相当苦労したようである。記念碑が建っている。

青空は澄んで、雲は流れて、潮風が吹いている〜
ここらの天候は一風変わっているように感じられる〜。
雲の流れ、のどかに浮かんでたゆたい、ほんのちょっとのまに空模様は変わっている〜
車で走ると、雨にぶつかる〜どしゃぶりになる〜ワイパーが忙しい〜
ほどなく雲間の先に青空が見えて雨は止んでいる。
山谷ならともかく、ほとんど平野の中を走ってこうなのは〜たぶん珍しいだろう〜。
低気圧が犬吠先の沖合いで停滞したことがある〜大洗海岸と九十九里海岸の三角に突き出た地形が関係してるだろう。
日本列島では、何処も、特有の風景地形気象などが顕れている筈で〜
昔から土地の神をまつっているのはそういう風土性の顕れなのだろう。
偶には住み慣れた土地を離れて見るのも面白い体験がありそうだ。
  〜0608.


  光 風子 の ど演歌

子供の頃から歌が大好きでした。ピアノもギターも三味線も声楽も習いました。
シャンソン歌手になりたいと真剣に思ったこともありました。しかし、演歌は歌ではないと思っておりました。
歌いたいとも思いませんでした。でも、老人ホームを経営して見て、入居しているお年よりは皆演歌が大好きでした。
私も演歌を歌わざるを得なくなりました。歌ってみると悪くないな、と思うようになりました。
生まれて初めてど演歌を作詞してみました。笑ってください。
どなたか作曲してくれないかなー。歌手デビューできるかも。


<どう考えても不思議>
私どうして貴方といるの 昔同じ職場にいたときに 
好きな気持ちはあったけど 手も握ったこともないのに
ただ眺めていただけなのに 赤い糸で結ばれていたのか
これが定めだったのか どう考えても不思議

私どうしてここに来たの 自分の住まいは神戸なのに
貴方のところに押しかけて ディズニーの花火を聞いていた
虚飾の暮らしに倦んではいたが ほんとの愛を望んでいたが
なぜ踏ん切れたのか どう考えても不思議

私どうしてここに居るの 神戸の住まいをそのままに
見知らぬ九十九里に二人来て 夜ごと海鳴りを聞いている
この世のものとも思えない 月夜に見られる銀の波
こんな暮らしになったのは どう考えても不思議

私どうして一緒にいるの 女になろうと思ったとき
このまま死ねないと思ったとき 思い出したのは貴方だけ
恥ずかしい気持ちはあったけど 自分で仕掛けておきながら
夢を見ている気分 どう考えても不思議


<私って何か変>
男は女を騙すもの 酒は家庭を壊すもの
それを信じて30年 そんな男を避けてきた
でも今は
女たらしの呑兵衛と 飲んで騒いで歌ってる
私って何か変

人の亭主は奪わない ライバルいたら身を引いて
見合いで嫁いで15年 我慢できずに飛び出した
でも今は
人の亭主を離婚させ ラビアンローズを歌っている
私って何か変

セックスなんて煩わしい 子作り作業と思っていた
男女トラブルってなんだろう 不思議に思って30年
でも今は
模様を見たら想像する 男と女に見えてくる
私って何か変



・・・ 飯岡 繁蔵 の エッセイ  ・・・  

飯岡町」という町名は何故無くなったのだろう?
私はこの「グロリア九十九里浜」に来るとき、
東京駅八重洲口から犬吠崎京成ホテル行き(旭経由)の高速バスに乗り、「飯岡」バス停で降ります。
最寄のJR駅も「飯岡駅」です。近くの海水浴場も「飯岡海水浴場」です。目の前には「いいおかみなと公園」もあります。
近所の魚屋さんも八百屋さんも、自分たちの住んでいるところを「飯岡」といいます。
「飯岡メロン」も「飯岡石」も有名です。
温泉案内のパンフレットにはちゃんと「飯岡温泉」が表示されております。
カーナビでは「旭市下永井」ではなく「飯岡町下永井」と指定しないと表示されません。
しかし地図の上では「飯岡」の地名はどこにも見当たりません。
旭市と合併したからといって、どうしてこの由緒ある「飯岡」の町名まで消してしまったのでしょう。
どうして「飯岡」の人たちは町名が無くなることに反対しなかったのでしょう。旭市飯岡町で問題はないはずです。
全く不思議です。私は「飯岡町」の町名復活を願ってます。
どうしたらよいのでしょう。一緒に考えてみませんか。


・・・ 九十九 波  の エッセイ  ・・・  

  つくも(九十九)の戯言
太平洋九十九里浜を眼下に見下ろす白亜の殿堂、グロリア九十九里浜
の周辺についてちょっぴりお話してみましょう。


  其の2 : 飯岡石 見れば見るほど不思議な石 
平べったいものから卵大のものまで大小さまざまであるがどれも滑らかで色白で本当に愛らしい。
誰かが言った。 「これは大自然の芸術品だよ」確かにと私も思う。なんとなく興味が湧いた。
かっての文人は 飯岡石のことを (屋根の沈め石にも置き石垣にも用いるなり、)と書いているとおり
銚子唐子の牡蠣屋根 また飯岡の石屋根と言われ、
昭和になっても下永井県道より南側の屋根の大部分は石屋根になっていたそうだ。
町の旧家の垣根はほとんど飯岡石で出来ているように、墓石、家の土台、垣根、屋根瓦の代わりなどに使われていた。
また昭和の始めまでは石を割り道路に轢いたり、防波堤のコンクリートの中に入れたりして使われていたそうです。

ここで昔々の漁夫の話をしよう。
「ある大時化の夜、浜の方から石が打ち合う音が聞こえたそうな、
あくる朝漁夫が浜に出てみると、飯岡石がうずたかく寄せられていたそうだ、
こんなことは年に2〜3回はあったが、次の時化が来ると一夜でみんな流され、もとの砂浜になっていたそうな、
土地の人はこれを石荒れと呼んでいたそうな。」
このように下永井の浜は、ある時は人家近くまで波が押し寄せ、ある時は砂浜になる このような事を長い間繰り返してきたようだ。
また飯岡石は浜から離れた地下にも埋まっていて井戸掘り業者を泣かせたという。
つまりそこが波打ち際であったとき、海から打ち上げられ埋まったのであろう。

さて その飯岡石の正体は? 
青岩と同一なのだそうです、つまり青岩は凝灰質泥岩といって
400万年前海底に積もった砂や泥が固まったもので比較的浅い層に
飯岡石は凝灰質砂岩といってさらに深い海の底に積もった砂や泥が固まったもので、
青岩の層は、台地の坂道や谷津田の近く、または屏風ヶ浦に現れている。
では飯岡石の層は? どこにもない。 
 ある地質学者の話によるとそれはそれは飯岡の海岸からはるか南方の海底にあったそうです。
なんとも不思議な話
さてこのように昔、昔この土地で大活躍した飯岡石は時代の流れと共に自分の使命が終わったことを知ったのだろうか?
  そして生まれ故郷の深い海の底へ帰っていってしまったのだろうか?
夕日を浴びた長い砂浜にはいまも静に波が寄せては返し、まるで何事もなかったかのように流れています。  終わり。
                                 *註: 時化(海が荒れる)          0607



  飯岡石波に揺られた物語 鉱泉に憩う 地の恵み今

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 ・・飯岡は観光地ではないのか・・光 風子 の エッセイ
私はこのグロリア九十九里浜の部屋から眺めた景色に惚れ込んで、
有料老人ホームを作ろうと、この建物を資金繰りも考えずに衝動買いしてしまいました。
どこまでも広がる空と海、地球の丸さを実感し、押し寄せる荒波はいつまで見ていても見飽きません。
しかし、買い物に行った魚屋のおじさんは、「飯岡は観光地でねっから」とこともなげに言われました。
私はびっくりしました。どんな素晴らしい景色も毎日見ていると、感動しなくなるものですね。

私は東名高速で富士ドライブインで給油したときのことを思い出しました。
真っ白な雪を頂いた大きな富士山がのしかかるように見える圧巻に感動して、
「こんな素晴らしい景色を毎日見れていいですね」といいました。
ところが、給油していた兄さんは「何にも感じない」と言われました。
   〜0607


・・・ 幸先 芳朗 の エッセイ  ・・・  

房総台地の風景は〜
○。初めて千葉の飯岡に行く〜「単線だよ!」「えっ!ホント?」ああそのようだ。
両側迫ってまじかに青葉緑が走る。緑の田畑と高台みたいな小山が〜景観も広がる〜
西関東の山有り谷有りとはまるっきり違うね。
  久し振りのドン行、普通列車に乗る。よく停まる〜すれ違いの時間調整だって!
〜千葉の電車線が4本だって分かったよ。内房線、外房総線、総武本線、成田線と4区分してるんだ。

  車と電車とでは窓外の風景がまるで違う。
 車でも、高速道路と一般道路とではまたちがうわけだが〜。
  面白い農道があるよ。通ってみよう〜「高速農道」だって! 
空いてるなあ〜速い!両側に田圃が広がる。農業県だなあ。
豊かな家並みの感じがするね〜 田園風景なんだ!?       0607.


  飯岡駅は静かなのんびりした佇まい 

 ・・ つくも(九十九)の戯言 ・・ 九十九 波  の エッセイ 
太平洋九十九里浜を眼下に見下ろす白亜の殿堂、グロリア九十九里浜
の周辺についてちょっぴりお話してみましょう。


  其の1 : 侵蝕に耐えるサツマイモ 
ここは左手に東洋のドーバーといわれる屏風ヶ浦、右手にはるかに富士山を望む景勝地です。
この飯岡は、大自然太平洋の荒波に浸蝕されたことでも有名な土地です。
今を遡る800年前、鎌倉時代より激しい浸蝕が繰り返され、陸地は2,000mから6,000mも後退したといわれております。
また、現在地図にある竜王岬は、当時は1里も先にあり、玉崎大明神が鎮座していたそうです。
そして現在の刑部岬、屏風ヶ浦の前には広大な土地が広がり、7つの集落と源義経の四天王の一人片岡常春の佐貫城がありました。
しかし、大自然に土地を奪われた村人は、やむなく内陸部に安住の地を求めて移り住んだといわれております。
こうした大自然の侵蝕に、侠客飯岡助五郎らによる護岸工事等苦労した昔を語るには事欠きません。

私自身こうした侵蝕の激しさを肌で感じた経験を持っております。
未だ私が子供のころ、私の家では刑部岬周辺で大麦、小麦、サツマイモ等を作付けしておりました。
毎日朝早く起き、馬車で草刈に行ったのもこの辺りでした。
朝露にぬれた草は、鎌の切れ味もよく、一時間ほどで馬車に山盛りになりました。
これを堆肥にして肥料にするのが、当時の農家の朝仕事だったのです。

春に植えたサツマイモを、秋に収穫に行ったときのことです。
崖の側にあった畑が、いつの間にか三尺ほども崩れてなくなり、高さ60mの断崖から吹き上げる潮風にあおられて、
サツマイモの葉っぱは真っ黒くチリチリになり、蔓だけになっておりました。
そして、崩れ落ちた崖には、いくつかのサツマイモがぶら下がっておりました。
おそらく崖下にもいくつかのサツマイモが転がっていたことでしょう。これは知る人ぞ知る滑稽な話です。

      この次には、ヨウカ石(飯岡石)について書いてみたいと思います。      〜0607


・・・ 飯岡 繁蔵 の エッセイ  ・・・  

  人間は哺乳動物でなくなった?
少子化の根本原因は、美食、飽食にあり
  共立女子大学名誉教授泉谷希光先生の長年にわたる山梨県の都市近郊農村での調査によれば、
明治中期まで90%を超えていた母乳分泌率は、昭和40年代に入り50%を切ってきた、とのことです。
これで人間は本当に哺乳動物といえるのでしょうか。
また、明治中期までの妊娠率はほぼ100%近く、その後大正生まれまでは90%を維持していたが、
昭和生まれの女性になるとこれを切って毎年数%も低下し続けている。
男性も精子の数が昔に比べ半減したといわれております。
この原因として、一般的に環境汚染が言われております。
しかし、これは他の哺乳動物には全く見られない現象であり、これが根本原因とは考えられません。

  同じく泉谷先生のメキシコでの調査によると、原住民(インデヘナ)は1年365日、
朝、昼、晩同じ食事(90%以上がとうもろこし、これに僅かな煮豆、イナゴ、雑草の新芽、サボテンの果肉)で、
現在の栄養学で言えばほとんどの人が栄養失調とそれに伴う疾患で生きていけない状況にあった。
しかし、実際には多少の貧血は見られたが、いわゆる生活習慣病のような疾患は全く見られなかった。
また、この栄養条件下で、母乳で育てられないものゼロ、妊娠できない人がゼロであった、とのことです。
もっとも、食べているとうもろこしは、われわれが食べている未熟なとうもろこしではなく
完熟したものを食べていたという違いはあります。

  一般に植物に肥料、特に窒素肥料を過剰に投与すると、柄は大きくなるが、花が咲かず、実がならなくなります。
人間にとって蛋白質は複雑な窒素化合物ですから、多種多様な蛋白質を大量に摂取すれば、植物生態系と同じような
反応が起こることは当然予想されます。生命にとって蛋白質とその関連物質は必要不可欠ですが、
過剰摂取の弊害をもっと研究する必要があるように思います。昔から貧乏人の子沢山、といわれております。
少子化を心配するなら、子供が欲しいなら、栄養条件の改善(改悪?)を真剣に考えなければなりません。   〜0607


・・メロン・・     光 風子 の エッセイ    
メロンっておいしいんだけど食べるところが皮に比べて少ないのが悔しいって感じ。
  ところがここに来て初めて飯岡メロン(地元では・たかみメロンって呼ばれている)を
食べたんだけど表面の皮ぎりぎりまで身が食べられてしかもさいごのところまで甘さが変わらないの。
こんなメロン生まれて初めてよ。   〜0606



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  来て見れば白波騒ぐ九十九里 海幸地の幸癒やしの浦里
・・・エッセイ・詩歌・俳句等〜 皆様のご投稿を歓迎致します・・・  
  ・・・・・グロリア九十九里浜 文芸 ・・・・・

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