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TVに出演するので〜 応援しようー。 リハーサル〜 歌詞を 1文句ド忘れてしまった!? 気にすることはない 本番をしっかりやれば |
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| 絵でも写真でも、そこら辺のを撮せば〜。 意味ありげに見えるものだ。 TVも四角四面に切り取れば イメージ世界に早変わりだ 初めてスタジヲに入る〜 照明の当たらないところは |
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さあ始まった〜 皆上手いもんだ!?〜 順繰り 廻って来たぞ 身なりに 姿かたちも好いね!! ふだんどおり〜これなら大丈夫!? |
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熱唱! 熱演! 何かヘマをしでかさないか〜 ハラハラする〜 あっと云う間におわる!! さあーどうだ!? 合格だ何とか!! よかったよかった、バンザーイ!! |
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驚くばかりの
恵みなりき 朝日に輝く 屏風ヶ浦 |
眼下に広がる 太平洋 刑部(ぎょうぶ)岬の 展望館 |
遥かに望む 富士の山 夕日に映えて 茜(あかね)色 |
月夜に光る 銀の浪 この世のものとは 思えない |
黒湯湧き出る 飯岡温泉 グロリアグロリア 九十九里浜 グロリア九十九里浜 |
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| 頑張ってねえーー!! | もう少しだよーー!! | 雨に負けるなあ〜頑張れよーー!!〜 |
父はアルチュウだった 酒とパチンコにおぼれてた
母が夜勤の看護婦になり 何とか家計を支えてた| 九十九里浜 ビーチライン 初日が昇る いいおかみなと 漁り火瞬く 暗い海 月夜に光る 銀の波 この世のものとは 思えない ようが石(飯岡石)どこから 流れ着いたのか 玉崎神社の 境内に ひっそり積まれ 寂しそう 私の心を 映してる |
笹川繁蔵 助五郎 塚とお墓に その名を残す 天保水滸の 物語 そんな歴史(むかし)が あったのか 今に伝える もの(痕跡)はなし 人の営み 儚くて 白亜の宿の 黒湯につかり わが身の越し方 振り返る 生きる望みも わいてくる |
東のドーバー 屏風ヶ浦 刑部(ぎょうぶ)岬の 展望館 灯台照らす 丸い太平洋(うみ) 昔平野が 広がって 村とお城が あったとか 海の藻屑と消えたのか 夕日に映える 富士の山 目を細め はるか眺むれば 心の憂さも 晴れてくる |
・・・ 光 風子 の エッセイ・詩歌・俳句 〜 ・・・
お酒について
古来お酒は[百薬の長]とも「気違い水」とも言われてきました。
しかし、私は5年前まで[気違い水]と信じこんでまいりました。
それは私の父がアル中で、家庭も、家計も崩壊した中で少女時代を過ごしたからです。
母の教えもあり、お酒を飲む人とは絶対に結婚しないと心に決めておりました。
どんな素敵な人も、「お酒が好き」と聞いただけで拒否反応を起こしておりました。
今考えると大変もったいないことをした、と残念に思います。
ところが5年前に再婚した相手はお酒が好きでした。
私も仕方なく晩酌に付き合ううちにお酒がだんだん好きになりました。
一日の疲れが取れるような気がします。
ほどほどに飲むとお酒は「百薬の長」であることを実感しております。
・・・ 飯岡 繁蔵 の エッセイ ・・・
飯岡温泉について
私は生まれて始めてこのコーラ色した暗褐色の温泉水を見てびっくりしました。
調べてみるとこの千葉でも養老温泉など数箇所に見られるそうです。
また聞いたところでは裏日本でも海岸に近いところに散見されるそうです。
飯岡のこの地ではかってこの温泉が自噴していた跡があり、
現在でも5,6メートルも掘れば温泉が出るところがたくさんあります。
中には井戸を掘っていたら温泉が出てしまい、それを栽培したマッシュルームの洗浄用に
利用しているというもったいないケースもあります。
この温泉で洗ったマッシュルームは色つやが良く商品効果も抜群とのことです。
本来このように豊富に温泉が出るところでは大温泉郷が形成されてしかるべきなのですが、
現在温泉利用許可を得て「飯岡温泉」という名称を正式に掲げているところは、
国民宿舎飯岡荘と弊社グロリア九十九里浜の2軒だけです。
他に温泉のある民宿も何軒かありますが、正式に温泉利用許可を取得して営業しているところはありません。
何故ここに大温泉郷が形成されなかったのでしょう。
私はその原因は温度が17度しかない冷泉であったためと推測しております。
温度を暖める必要があり、贅沢に掛け流しを売り物にすることが出来なかったからではないでしょうか。
しかし、逆に言うと冷泉であることから、薬効が損なわれていないということになります。
メタ珪酸ナトリウムを豊富に含んだ炭酸水素塩泉の保温効果、美肌効果は抜群です。
初めてこの温泉に入った人はみなびっくりします。
この素晴らしい温泉が広く知られるようになれば、いずれこの飯岡の地に大温泉郷が
形成されるのではないか、と夢を見ております。 0612
・・秋は釣り〜? ・・ 幸先芳朗 の エッセイ
緑の広がる田んぼすくすくと伸びて〜海の夏も過ごして〜
黄金の稲穂の刈り入れも次々と済んでいって〜お彼岸も過ぎて〜 稔りの秋がきた〜 わけだが。
ここら辺りは、黄葉紅葉の雑木林が少ないようにみえる。
海岸線の秋の季節は〜 秋の海釣は釣果がよいそうである。そこで、先ずは堤防釣りといきましょう。
「海が荒れてると、魚は堤防の内に集まる」と釣具屋のオジサンが教えてくれた。
何十年ぶりの挑戦に、昼過ぎの堤防釣にしては、けっこう一杯になって〜
さっそく空揚げにして酒のつまみになった。 0610.
光 風子 の 俳句(銀の波)
九十九里に来て、月夜に光り、一直線に流れ、砕ける銀の波を始めてみました。
それは、海鳴りの伴奏を得てこの世のものとも思われない鬼気迫る感動を受けました。
そこで恥ずかしながら俳句をひねってみました。季語がないと叱られそうですね。
海鳴りと 月夜に走る 銀の波
銀の波 海鳴りの音が 後を追う
銀の波 涼気と霊気で 鬼気迫る
銀の波 寒気を催す 光と音
一直線 光流れる 銀の波
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・・・エッセイ・詩歌・俳句等〜 皆様のご投稿を歓迎致します・・・
・・・・・グロリア九十九里浜 文芸 ・・・・・
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・・飯岡の風景は〜 ・・ 幸先芳朗 の エッセイ
九十九里浜から屏風ヶ浦への、移り際の高台を刑部岬といい、海岸辺りを飯岡というようである。
刑部岬からの眺望は素晴らしく、地球が丸く見える海原の太平洋の波浪が迫っている〜
波打ち際の浜砂は弧を描いて海岸線を長くたどっていける〜。
陸側には青葉の高台らしきが連なって、風力発電機がゆっくり回っている。
長閑な緑の田畑が広がり、おだやかな家並が開けている〜
飯岡海岸の高台の際に漁港があって〜開港には相当苦労したようである。記念碑が建っている。
青空は澄んで、雲は流れて、潮風が吹いている〜
ここらの天候は一風変わっているように感じられる〜。
雲の流れ、のどかに浮かんでたゆたい、ほんのちょっとのまに空模様は変わっている〜
車で走ると、雨にぶつかる〜どしゃぶりになる〜ワイパーが忙しい〜
ほどなく雲間の先に青空が見えて雨は止んでいる。
山谷ならともかく、ほとんど平野の中を走ってこうなのは〜たぶん珍しいだろう〜。
低気圧が犬吠先の沖合いで停滞したことがある〜大洗海岸と九十九里海岸の三角に突き出た地形が関係してるだろう。
日本列島では、何処も、特有の風景地形気象などが顕れている筈で〜
昔から土地の神をまつっているのはそういう風土性の顕れなのだろう。
偶には住み慣れた土地を離れて見るのも面白い体験がありそうだ。
〜0608.
光 風子 の ど演歌
子供の頃から歌が大好きでした。ピアノもギターも三味線も声楽も習いました。
シャンソン歌手になりたいと真剣に思ったこともありました。しかし、演歌は歌ではないと思っておりました。
歌いたいとも思いませんでした。でも、老人ホームを経営して見て、入居しているお年よりは皆演歌が大好きでした。
私も演歌を歌わざるを得なくなりました。歌ってみると悪くないな、と思うようになりました。
生まれて初めてど演歌を作詞してみました。笑ってください。
どなたか作曲してくれないかなー。歌手デビューできるかも。
<どう考えても不思議>
私どうして貴方といるの 昔同じ職場にいたときに
好きな気持ちはあったけど 手も握ったこともないのに
ただ眺めていただけなのに 赤い糸で結ばれていたのか
これが定めだったのか どう考えても不思議
私どうしてここに来たの 自分の住まいは神戸なのに
貴方のところに押しかけて ディズニーの花火を聞いていた
虚飾の暮らしに倦んではいたが ほんとの愛を望んでいたが
なぜ踏ん切れたのか どう考えても不思議
私どうしてここに居るの 神戸の住まいをそのままに
見知らぬ九十九里に二人来て 夜ごと海鳴りを聞いている
この世のものとも思えない 月夜に見られる銀の波
こんな暮らしになったのは どう考えても不思議
私どうして一緒にいるの 女になろうと思ったとき
このまま死ねないと思ったとき 思い出したのは貴方だけ
恥ずかしい気持ちはあったけど 自分で仕掛けておきながら
夢を見ている気分 どう考えても不思議
<私って何か変>
男は女を騙すもの 酒は家庭を壊すもの
それを信じて30年 そんな男を避けてきた
でも今は
女たらしの呑兵衛と 飲んで騒いで歌ってる
私って何か変
人の亭主は奪わない ライバルいたら身を引いて
見合いで嫁いで15年 我慢できずに飛び出した
でも今は
人の亭主を離婚させ ラビアンローズを歌っている
私って何か変
セックスなんて煩わしい 子作り作業と思っていた
男女トラブルってなんだろう 不思議に思って30年
でも今は
模様を見たら想像する 男と女に見えてくる
私って何か変
・・・ 飯岡 繁蔵 の エッセイ ・・・
飯岡町」という町名は何故無くなったのだろう?
私はこの「グロリア九十九里浜」に来るとき、
東京駅八重洲口から犬吠崎京成ホテル行き(旭経由)の高速バスに乗り、「飯岡」バス停で降ります。
最寄のJR駅も「飯岡駅」です。近くの海水浴場も「飯岡海水浴場」です。目の前には「いいおかみなと公園」もあります。
近所の魚屋さんも八百屋さんも、自分たちの住んでいるところを「飯岡」といいます。
「飯岡メロン」も「飯岡石」も有名です。
温泉案内のパンフレットにはちゃんと「飯岡温泉」が表示されております。
カーナビでは「旭市下永井」ではなく「飯岡町下永井」と指定しないと表示されません。
しかし地図の上では「飯岡」の地名はどこにも見当たりません。
旭市と合併したからといって、どうしてこの由緒ある「飯岡」の町名まで消してしまったのでしょう。
どうして「飯岡」の人たちは町名が無くなることに反対しなかったのでしょう。旭市飯岡町で問題はないはずです。
全く不思議です。私は「飯岡町」の町名復活を願ってます。
どうしたらよいのでしょう。一緒に考えてみませんか。
・・・ 九十九 波 の エッセイ ・・・
つくも(九十九)の戯言
太平洋九十九里浜を眼下に見下ろす白亜の殿堂、グロリア九十九里浜
の周辺についてちょっぴりお話してみましょう。
其の2 : 飯岡石 見れば見るほど不思議な石
平べったいものから卵大のものまで大小さまざまであるがどれも滑らかで色白で本当に愛らしい。
誰かが言った。 「これは大自然の芸術品だよ」確かにと私も思う。なんとなく興味が湧いた。
かっての文人は 飯岡石のことを (屋根の沈め石にも置き石垣にも用いるなり、)と書いているとおり
銚子唐子の牡蠣屋根 また飯岡の石屋根と言われ、
昭和になっても下永井県道より南側の屋根の大部分は石屋根になっていたそうだ。
町の旧家の垣根はほとんど飯岡石で出来ているように、墓石、家の土台、垣根、屋根瓦の代わりなどに使われていた。
また昭和の始めまでは石を割り道路に轢いたり、防波堤のコンクリートの中に入れたりして使われていたそうです。
ここで昔々の漁夫の話をしよう。
「ある大時化の夜、浜の方から石が打ち合う音が聞こえたそうな、
あくる朝漁夫が浜に出てみると、飯岡石がうずたかく寄せられていたそうだ、
こんなことは年に2〜3回はあったが、次の時化が来ると一夜でみんな流され、もとの砂浜になっていたそうな、
土地の人はこれを石荒れと呼んでいたそうな。」
このように下永井の浜は、ある時は人家近くまで波が押し寄せ、ある時は砂浜になる このような事を長い間繰り返してきたようだ。
また飯岡石は浜から離れた地下にも埋まっていて井戸掘り業者を泣かせたという。
つまりそこが波打ち際であったとき、海から打ち上げられ埋まったのであろう。
さて その飯岡石の正体は?
青岩と同一なのだそうです、つまり青岩は凝灰質泥岩といって
400万年前海底に積もった砂や泥が固まったもので比較的浅い層に
飯岡石は凝灰質砂岩といってさらに深い海の底に積もった砂や泥が固まったもので、
青岩の層は、台地の坂道や谷津田の近く、または屏風ヶ浦に現れている。
では飯岡石の層は? どこにもない。
ある地質学者の話によるとそれはそれは飯岡の海岸からはるか南方の海底にあったそうです。
なんとも不思議な話
さてこのように昔、昔この土地で大活躍した飯岡石は時代の流れと共に自分の使命が終わったことを知ったのだろうか?
そして生まれ故郷の深い海の底へ帰っていってしまったのだろうか?
夕日を浴びた長い砂浜にはいまも静に波が寄せては返し、まるで何事もなかったかのように流れています。 終わり。
*註: 時化(海が荒れる) 0607

